クロニクル2
「THE HEADLINERS 2024」展 茨城県陶芸美術館
今回は2024年10月12日-2025年1月26日に茨城県陶芸美術館で開催された「THE HEADLINERS 2024」についての回想です。
この投稿を後押ししたのは、わたしが「THE HEADLINERS 2024」(第一回展)に出掛け、感銘を受けたこと、そして「ザ・ヘッドライナーズ2025 爆誕!セラミック・スーパーノヴァ」と題して、同館で今年2025年7月12日-11月30日、第2回展が開催中と云うことを知ったことからです。
この投稿の動機について、今少し紙幅をいただけると幸いです。
わたしが陶芸に関心を寄せるようになった1980年代以降、陶芸世界の最新情報は、概ね雑誌媒体から入手していたというのが当時の現状でした。
「陶説」、「炎芸術」、陶芸誌ではありませんが「民藝」をはじめとする伝統ある専門誌は既にありました。しかし70年代以降に次々と創刊された「anan」、「non・no」、「クロワッサン」、「BRUTUS」などといった新時代のグラビア生活情報誌の登場により、雑誌編集のスタイルが大きな転換期を迎えようとしていました。それはやがて出版業界全般に波及し若者を中心としたライフスタイルに大きく影響を与えるようになってゆきました。このムーブメントに呼応するかのように、生活雑貨店・アンティークショップ(骨董・古道具店)が次々と現れたのもこの時代です。やがてこれらの流れはそれまでの陶磁器制作者と購買者の接点であった美術画廊、陶器店という流通媒体に加えて、ギャラリー、生活雑貨店、アパレル、Café&Galleryへとその場を多様化してゆきます。
1990年代以降、こうした流れの中で陶芸誌「季刊陶磁郎」が創刊され、「太陽」、「芸術新潮」、「家庭画報」、「Casa BRUTUS」などといった既刊誌にも特集が組まれるようになってゆきます。
2000年代に入ると大橋歩さん発行・編集による「Arne」が創刊され、70年代以降の雑誌文化に触発されたパイオニア達により“白い本”と総称される一群のライフスタイル書籍が現れ、また「クウネル」、「天然生活」、「リンカラン」をはじめとする“暮らし系”と呼ばれる雑誌が次々と創刊されました。その中で“うつわ”文化は継がれて行きました。
―こうした時代の新しいメディアを発信源として、戦後生まれの数多くの陶芸作家が世に出ることになりましたー
ところが2010年代以降、IT革命の進展によりテレビ、ラジオ、新聞といったマスメディアの間隙をぬってそれまで百花繚乱の文化を築き上げてきた雑誌業界にもマスメディアと共に翳りが見え始めます。
ネット社会、SNSの登場により陶芸界の「HEADLINERS」の実像と新たな動向が見づらくなって来たのです。
前置きが長くなりましたが、燻っていたこのような問題意識を後押しして下さったのが冒頭の茨城県笠間陶芸美術館により開催された「THE HEADLINERS 2024」展との出会いだったというわけです。
幸いにも現地で担当学芸員の方にこの問題意識について直接お伺いする機会を得ました。
やはり、以前よりも才能ある新人の発掘は難しくなって来ているとのこと。要因は彼らの情報を得られるメディアが従来のものからSNSなどに拡散していて、返って見つけ難くなっているとのこと。そのために全国の陶磁関連施設や美術館のネットワークを使って、情報収集にあたっているとのことでした。難航する探索の結果、選考を突破した作者たちは、ほぼ1990年代に生まれた若き才能たちでした。
期待に胸を弾ませながら、館内の作品と丹念に一つ一つ向き合ってゆきました。
その作品はどれも鮮烈なものでした。
2000年を前後して2010年頃までに現れた作家たちの作品とは一線を画し、陶芸世界の地殻変動が起こっていることを実感させるものでした。
育った環境が窯業地、または窯元である作者は少なく、陶芸とは縁のない環境で育った作者が殆どであり、美術系教育機関での絵画、彫刻、デザイン、工芸コースへの入学後に、土という素材との親和性を感じて陶芸の道へ進んだ作者がほとんどでした。
従って、窯業という生業、そして日用陶器、茶陶といった呪縛はなく、はじめから眼差しはアートに向かっているように感じました。
[技術面]から見ると、ほとんどの作者が轆轤ではなく“手捻り”を主としており、立体表現における“自由度の拡張”のために多様なアプローチで挑戦しているように見えます。従来の陶土・磁土をベースとする手法から、両者の混合、または釉薬を主体とする技法への移行を見せる作者が多いことは、釉薬による可塑性、化学反応、テクスチャー表現の拡張を狙ってのことと考えています。それが顕著に表れている作者に・安藤美樹、・鯨虎じょう(いさなこじょう)、・亀山絃(かめやまひろむ)、・平野舞佳らがいます。また、テクスチャーに重きを置く・丸山純は釉薬を使わずに顔料を素地に直接乗せて焼成する手法をとっています。・田中由貴奈の場合、骨灰入りの白くなる粘土に水飴を練り込むことで形而上の美しい無生物の骨格を表象化して見せました。
そもそも彼らが土という素材を自己表現のために選択した時点から、予めこの魅惑的な技術的アプローチを暗黙知が呼び寄せたのかも知れません。
また、この挑戦を可能としているのは教育機関という場での進化した指導者の知見、技術、素材のサポートを見逃すわけには行きません。







一方、[表現手法]の面から見ると実に多様な、正に“HEADLINERS”の名にふさわしい挑戦が垣間見られました。わたしが陶芸界の新時代到来を感じたその特性の一部を以下にまとめてみました。



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*注記:以下文中の鍵括弧部分(「」)は、『「THE HEADLINERS 2024」茨城県陶芸美術館発行図録』に収録された“主催者から寄せられたアンケート”に作者各位が答えたコメントからの引用です。
ー即興性(ライブ感)ー
・阿部正兼は「制作の過程の中でも“変化し続ける思考”や“瞬間的な思いつき”というものを素材の中に組み込んでいける」と語り、・鯨虎じょうが「作りながら決めていく部分を多く残し、重力のバランスや天気・温度や湿度の影響を受けながら、生き物のように生命力のあるものを作りたいと思っています。」、「作り手が意図してコントロールする部分と、素材や温度や重力に委ねる部分が合わさってできる造形にはライブ感があります。」と語る“ライブ感覚”を作陶の重要なプロセスとしているところに新世代らしい感性を感じました。
ー身体性ー
今回、身体性について、・奥絢子(おくじゅんこ)が「焼く前の粘土の状態でも、焼成後の質感も、触感が気持ち良いところです。」と語り、・早野樹(はやのいつき)が「人型の理由はいくつかあって、土と触れる際に土の性質(膨張と収縮)が人の肉感や、土の与えた力の方向が人の立ち姿を連想する事、また、制作している時には掌と土が交わって作品が産まれているという感覚があります。この“産み出す”という行為をどう解釈して表現していくのか、というのが現段階での大きなテーマになっていると思います。」と語るように、制作過程の大半において、また産まれた後も、直接土に触れる、交わるという陶芸の孕む特異性を意図して表現化する行為にその奥深さを感じました。
ー精神性ー
人類の歴史における陶磁器の在り様は太古より概ね“うつわ”と“フィギュア”でしたが、戦後日本においては、“オブジェ焼”に始まる抽象的概念を造形化する様式が誕生しました。しかし、それらは西洋に始まる様々な芸術運動の影響下で産まれたと考えています。
21世紀に入り多様な情報が氾濫する中で、表現も多様な個の“素(す)”の表現に核分裂を起こしているかに見えます。
・タカハシアオイは「制作に掛けた膨大な時間や苦しさはかたちを得て、焼かれ、不変の存在となり、作品に宿り、残ります。私がつくったものは自分が『本当』であった証拠となります。制作は自身を受け止め、生かす行為だと考えています。」と語る様に、その作品は自己の存在証明であり、外界との通路であるという極めてパーソナルなものに見えます。・中嶋草太の場合、テーマは『土の中に宿る「生命の循環」』であり、「土に還って行った生き物たち、その記憶を積み重ねてきた大地。それを自らの手を通して形にする行為は、時を超えた対話のように感じます。」と語り、壮大な“輪廻の物語”を感じさせます。・丸山純は「人や生物、人形のかたちを通して、自己と周りとで互いに影響や痕跡を与え合いながら、様々な関係性で存在しているものたちのあり方を表現しています。」と語るように、独特なテクスチャーと形態によってその生態観を表現しています。・三橋珀斗の場合、陶製の自作機械パーツを球体上に精密に構成することによって、スチームパンク的なファンタジー世界を表現しています。・由良薫子は『釉薬や染付のランダムな模様の中から、「何かがいるかもしれない」と感じながら生き物や怪物を探し出して、それを描くという方法でつくっています。』と語るように、異界へ入り込んで行くようなワクワクする想像が表現の原動力となっています。・今川朋美が『テーマにしている「女の子/少女」は、子供の頃から描いてきたモチーフで、私が絵を描く原動力です。』と語る様に、伝統的な色絵や染付の器胎に、伝統文とカワイイ女子裸像文が細密に描かれ、混然一体となった世界から立ち上がる“女性性”が見て取れます。・奥村巴菜は「どの子も頭の先から爪の先まで愛情をこれでもかというくらいに込めて作っているので」と語るように、作品のどこを見ても昆虫への“愛”が全面に横溢しています。・天野靖史は「この技法(炭化焼成)は、密閉空間で灰と土が反応し、還元により土の内側から変化を起こすことで、作品の表面の色や質感に作用するものです。この変化は、内側から外へと放出される人の精神の有り様と似ています。」という発想を得て、その制作プロセスを通して「人の形をした何か」から生の存在感を表出させるという表現に挑んでいます。
どのテーマも従来陶芸界では前面に取り上げて来られなかった“ユニークで多様な精神世界の表象化”という傾向が顕著で、どちらかと言うと保守的な陶芸という表現様式に地殻変動が起こっていることを実感させられる体験でした。そのことは同時に陶芸が工芸から現代美術へと、その先端部で地滑りを起こし始めていることを体感させてくれるエキジビションでもありました。
以上のような陶芸界における先駆的な素晴らしい作品を制作されている若き陶芸作家のみなさん、そして展示会を開催されている茨城県陶芸美術館のみなさんの挑戦に心から感謝申し上げます。もし、この投稿を読んでいただいた方がいらっしゃいましたら、是非とも第2回の「THE HEADLINERS 2025-爆誕!セラミック・スーパーノヴァ」2025年7月12日(土)―11月30日(日)を体験されることをお勧めします!!!陶芸の未来が見えてきます。
ではまた、陶芸の未来に幸あれ!!
参考文献
「THE HEADLINERS 2024」茨城県陶芸美術館 発行
